しかし、こうして学術に勤しむ知識人や専門家たちも、盲点からは逃れられない。如何なる観察にも盲点は伴う。したがって、脱魔術化を追及する知識人や専門家たちも例外なく認識論的な限界に直面するのである。ジル・ドゥルーズが既に見抜いていたように、反復的に顕在化する出来事が必ずしも同一の意味を帯びている訳ではない[1]。そこには差異が潜在している。これは学術システムにおいても然りだ。「シンボル」による「一般化」を果たした「コミュニケーション・メディア」[2]としての真理は、非科学的な差異を潜在化させることにより、研究や議論で反復的に利用される論理や方法の同一性を信頼可能としている[3]。「シンボルによる一般化は、縮減された複合性の伝達過程の一部を明示的なコミュニケーションの水準から相補的な期待化の水準に移すことを可能にし、そうすることによって、時間のかかる・ぎこちない・言語を用いた荒削りなコミュニケーション過程の負担を軽減することができる」[4]。しかし、そもそも真理の機能は、同一性を確定することではない。如何に真理の同一性を顕在化させたとしても、その同一性には不可避的な限界が伴うのだ。
直面した紛争を舞台に実施される「討議」は、心優しき了解を目指すものだ[5]。ハーバマスは、「討議」がヘーゲル的な道徳性を帯びた「宥和」をもたらすと言う。だが、こう言っただけでは、合意を生み出す媒体では説明されないコミュニケーションを排除することになる。更にハーバマスは、了解を目指したロゴスが生活世界を形成すると言う。こうした生活世界は、宗教の代価物として理性を保持するとのことだ。しかし、「宥和」を追求し続けるということは、それ自体が信仰の域に達してしまっている。終わりなき脱魔術化の追求が、逆説的にも、魔術的な儀式を生み出しているのだ。ここにおいて、より良き立論のための<非強制>は、強制的に執行される羽目になる。ボルツが冷徹に宣告するように、ハーバマスは「世俗化による救済」というアドルノ的な訓えを、本気で崇拝してしまっているのだ[6]。
今や学術と魔術は、機能的に代価可能な等価物となった。宮台真司が鋭く指摘するように、「科学が世界を自然法則によって説明できるようになればなるほど、じつはその説明自体によっては説明されない『端的な前提』が可視的になってきてしまう」[8]。真理の追求が充足することは、あり得ない。終わりなき脱魔術化の追求という魔術的な束縛に備えるためには、知識人も専門家も、知の遡及を断念しなければならない。ボルツの言葉で「言い換えれば、われわれに必要なのは知を増やすことではなく、知を造形することである。これを『知のデザイン』と名づけておこう。『教養』といったコンセプトや『本』のようなメディアは、ここでは何の役にも立たないのだ」[9]。
[2] システム理論を読解するには、複数の文献を複合的に照らし合わせなければならない。以下の文献を参照。
ジョージ・スペンサー=ブラウン(著)、大澤真幸(訳)、宮台真司(訳)『形式の法則』朝日出版社(1987)、ニクラス・ルーマン(著)、佐藤勉(訳)『社会システム理論(上)』恒星社厚生閣(1993)、 p93、ニクラス・ルーマン(著)馬場靖雄(訳)『社会の芸術』法政大学出版局(2004)、pp167-174、ニクラス・ルーマン(著)、村上淳一(訳)『ポストヒューマンの人間論―[後期ルーマン論集]』東京大学出版局(2007)、pp117-135、ノルベルト・ボルツ(著)、山本尤(訳)『カオスとシミュレーション』法政大学出版局(2000)pp5-19、長岡克行(著)『ルーマン/社会の理論の革命』勁草書房(2006)、pp178-184、pp233-242及び、吉澤夏子(著)『世界の儚さの社会学 シュッツからルーマンへ』勁草書房 (2002)、pp146-188。
[3] ニクラス・ルーマン(著)、土方昭(訳)『エコロジーの社会理論 改訳版 -現代社会はエコロジーの危機に対応できるか?』新泉社(1992)pp121-132を参照。
[4] ニクラス・ルーマン(著)、長岡克行(訳)『権力』勁草書房(1986)、p54を参照。
[5] ユルゲン・ハーバマス(著)、細谷卓雄(訳)、山田正行(訳)『第二版 公共性の構造転換』未來社(1994)、ユルゲン・ハーバマス(著)、河上倫逸(訳)、耳野健二(訳)『事実性と妥当性(上)』未來社(2003)、ユルゲン・ハーバマス(著)、河上倫逸(訳)、耳野健二(訳)『事実性と妥当性(下)』未來社(2003)を参照。
[6] ノルベルト・ボルツ(著)、識名章喜(訳)、足立典子(訳)『グーテンベルク銀河系の終焉』法政大学出版局(1999)、p61を参照。
[7] ミルチャ・エリアーデ(著)、風間敏夫(訳)『聖と俗―宗教的なるものの本質について 』法政大学出版局(1969)、p196を参照。
[8] 宮台真司(著)、速水由紀子(著)『サイファ覚醒せよ-世界の新解読バイブル』筑摩書房(2000)、p144を参照。
[9] ノルベルト・ボルツ(著)、村上淳一(訳)『意味に餓える社会』東京大学出版会(1998)、p230を参照。