ポスト・ヒューマンの魔術師

「自称人間」の時代からポスト・ヒューマンの時代へ。

ポスト・ヒューマンの哲学

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『ポスト・ヒューマンの哲学』の概要

 この章では、イマニエル・カントからニーチェまでの哲学を遡及することで、「人間中心主義の哲学的な陥穽」と「ポスト・ヒューマンの必要性」を主張していく。上記のテーゼを導き出すために、私はドイツの社会学者ニクラス・ルーマンが提唱したシステム理論に準拠する。その背景にあるのは、哲学者アルノルト・ゲーレンが提唱した「負担免除論」である。近接するスタンスに、リチャード・ローティ以降のリベラル・アイロニストとノルベルト・ボルツが主導するネオ・フランクフルト学派がある。こうしたスタンスに依拠することで、私は人間中心主義者とポスト・ヒューマンが機能的に代価可能な等価物であるということを、説明していく。それにより、人間中心主義的に「人間性」の本質を追及することの必然性を棄却する。こうすることで、ポスト・ヒューマンの可能性に焦点を当てることができるからだ。

『ポスト・ヒューマンの哲学』の目次

  1. 人間中心主義の哲学的陥穽
     カントからニーチェまでの哲学を遡及した場合、人間中心主義的に「人間性」の本質を追及することの必然性を棄却することができる。
  2. パラドクス化と脱パラドクス化の循環
     人間と非人間の区別に伴ったパラドクスは、超人と末期的人間の区別によって脱パラドクス化される。だが我々が次に対処しなければならないのは、超人と末期的人間の区別に伴ったパラドクスである。これについては、システム理論的に観察することで明確となる。
  3. 機能的等価物による「負担免除」
     あらゆる区別は機能的に代価可能な等価物だ。ある区別の負担は、別の区別によって免除させることができる。
  4. リベラル・アイロニストからネオ・フランクフルト学派へ
     システム理論家は、ある区別が脱パラドクス化として機能する一方で、その区別がそれ自体としてパラドクス化してしまうという両義性を加味している。これと同様にリベラル・アイロニストは、あるリベラリズムが必然化可能である一方で、そのリベラリズムがそれ自体として相対化されてしまうというという両義性を加味している。
  5. 終わりなき脱魔術化の追求という魔術的な束縛
     学術と魔術は、機能的に代価可能な等価物である。知識人や専門家には受け入れ難いことであろうが、学術の負担は、魔術を以って免除される。
  6. 学術の負担を免除する魔術的「デザイン」
     <宗教の機能的等価物としてのデザイン>に依拠した場合、学術的に真理や学知を遡及し続けることの負担が免除される。
  7. 人間を「デザイン」するポスト・ヒューマン
     ポスト・ヒューマンは、魔術的な「デザイン」を付与することで、人間が人間であり続けることの負担を免除することができる。

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