ポスト・ヒューマンの魔術師

「自称人間」の時代からポスト・ヒューマンの時代へ。

遠隔的なコントロールを円滑に進めるために

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予備的に必要となる生体と脳波の情報

 サイクロトロン共鳴をはじめとした電磁波は、脳システムに対する破壊的相互作用の方法として機能するだろう。ただし、これだけでは十分ではない。既にもう何度も説明してきたように、オートポイエティック・システムとしての脳システムは、自律的に自己再生産活動を継続している。したがって、脳波もまた常に動態的に変異しているのである。脳波に照準を定めた攪乱を付与する場合、観察者はその対象となる脳波を適切に把握しておく必要がある。

 とはいえ、この条件を満たすための条件は、既にデザインされていると言っても過言ではなかろう。現在の「環境管理型権力」ならば、脳波や生体情報を監視することは容易いはずだ。ミシェル・フーコーが想定した監視社会[1]は既に時代遅れとなっている。これに対してジル・ドゥルーズは、この監視社会論を展開させて、管理社会論[2]を唱えた。「環境管理型権力」は東浩紀の言葉だが、これはドゥルーズの管理社会論の延長線上のロジックと言える[3]。

 たとえば、バイオメトリクスやリモートセンシングを駆使すれば、遠隔的に生体情報や脳波の情報を入手することができる。マイクロチップを脳に埋め込むだけでも、その脳の持ち主の名前、顔写真、指紋、病歴、過去の生体情報など、様々に応用が利く。

 特にマイクロチップをはじめとした挿入型のコンピューティングについては、管理と操作の両端を担う重要なアーキテクチャとなるだろう。近年研究が進められているブレイン・マシン・インターフェイスやブレイン・コンピュータ・インターフェイスを脳システムと構造的にカップリングさせれば、更に精密な操作が可能になる。電気刺激では、脳に電極を差し込まなければならなかった。そのため、実験動物の自由を制限してしまうのであった。しかし、電磁波を照射する場合は、小型の技術で事足りる。超低周波数の電磁波を照射するための技術であれば、脳システムの適切な部位に装着させておけば済むのだ。

エピレプシー化の速度が問われる

 「環境管理型権力」とトランス・ヒューマニズム的な科学技術が発展してきたことによって、既に生体や脳波の情報を遠隔的に入手するための敷地は整えられている。昨今のトランス・ヒューマニストたちの間で注目を集めているブレイン・マシン・インターフェイスやブレイン・コンピュータ・インターフェイスが導入されれば、使い方次第で[4]、より効率的に脳波の情報を入手することが可能になる。これらの背景の下で、次に我々が考察すべきことは、上述した電気刺激や電磁波を如何にして「自称人間」に照射するのかである。

 これは、「欠陥動物」としての「自称人間」をエピレプシー化することによって、「自動人間」へと「デザイン」することを意味する。我々は、これを「人類総動物化計画」と名付けている。と言うのも、エピレプシー化した「自動人間」は、「環境管理型権力」における理想の動物だからだ。しかしながら、この計画には敵も多い。人間中心主義者は兎も角として、法システムがこの計画策定を棄却する可能性がある。と言うのも、仮に「人類総動物化計画」が実行に移されれば、脳システムと意識システムの構造が破壊されるからである。脳システムと意識システムの構造が破壊されれば、意識システムと構造的にカップリングしている社会的システムにも、致命的な破壊的相互作用が伴う。大多数の「人間」がエピレプシー化してしまえば、もはや社会は成立しない。

 したがって「人類総動物化計画」を実現させるためには、その名の通り、瞬時に全ての「自称人間」をエピレプシー化しなければならない。つまり、瞬時に全ての「自称人間」の脳システムに、破壊的相互作用に直結した電磁波を照射する必要があるということだ。社会的システムが「人類総動物化計画」を棄却するためには、この計画策定を棄却するためのコミュニケーションを構成しなければならない。たとえば、リスク・コミュニケーションモラルの確認などを至極<人間的に>実施する必要があるだろう。この計画を企てている組織システムに対して、法的なサンクションを実施するという手段もある。「人類総動物化計画」を棄却するためにはコミュニケーションが必要になるという想定は、こうした抵抗運動を想定するだけでも、容易に思い付く。

 よって「人類総動物化計画」を実現させるためには、コミュニケーションの速度を上回るほどの速度でエピレプシー化を施す必要がある。中途半端に一部の地域の「自称人間」のみをエピレプシー化してしまえば、直ぐに計画に対処するためのコミュニケーションが構成されてしまうだろう。したがって、「人類総動物化計画」を実現させるためには、瞬時に全ての「自称人間」に電磁波を照射するための、大掛かりな兵器が必要となる。当たり前のことであろう。既に<括弧>を閉じた訳だが、米国国防総省の手も借りたいところだ。

 ここで述べているコミュニケーションの速度とは、瞬時に流れるコミュニケーションの速さを意味するのではない。たとえば、会話のスピードを速めることは、ここでは重要ではない。正確に言えば、コミュニケーションの速度とは、形式としてのコミュニケーションが<形式としてのコミュニケーション>を構成する速度である。たとえば、法システムが「人類総動物化計画」を犯罪として立件するだけの十分な証拠を探し出しているとしよう。「人類総動物化計画」を実行に移そうとしている組織システムは、この場合、法システムが立件というコミュニケーションを構成する前に、計画を実行に移さなければならない。そのためには、如何に法システムの観察を誤謬に導くのかが、問題となる。つまりこの計画は、終始秘密裏に実行される必要がある訳だ。

 「人類総動物化計画」を終始秘密裏に実行しなければならないとすれば、この計画の担い手は、既存の「環境管理型権力」が如何にして潜在的に普及されてきたのかに、注意を払うべきだろう。既存の「環境管理型権力」が容易く導入されてきた背景から、多くのことを学べるからだ。「環境管理型権力」は、多くの場合、生活の利便性を向上させるための科学技術的な製品として普及されている。たとえば監視カメラやバイオメトリクスは、犯罪抑止力という名目で広く受け入れられた。ICチップについては、窃盗防止として注目されている。広く普及されるということは、その製品を入手するためのコストも低下するということだ。事程左様に、<帝国>が使用していた軍事兵器は、社会的システムの機能的な分化と「フラット化」が伴ったことで、<マルチチュード>側に位置するテロリストやゲリラなどでも、容易に入手することが可能となっている[5]。

 これらの事例を背景とすれば、電気刺激や電磁波の照射を可能とする科学技術が「生活の利便性の向上」というポジティブな名目で普及されることで、「人類総動物化計画」は好都合に進展する可能性が高まる。これについては、ブレイン・マシン・インターフェイスやブレイン・コンピュータ・インターフェイスなど、トランス・ヒューマニズム的な科学技術の発達やこうしたハイテク製品を売り飛ばす消費市場の発達が、好都合な鍵となるだろう。「生活の利便性の向上」という名目の元で、電気刺激や電磁波の照射を機能化した製品を所持することが何の不自然にもならない社会が形成されれば、「人類総動物化計画」もさぞかし容易に実現するはずだ。

 しかし、「人類総動物化計画」に直結した準備が巧妙に遂行されていたとしても、非常に簡単な理由から、この計画はいずれ破綻する運命にある。と言うのも、社会的システムを破壊しようとする「人類総動物化計画」それ自体が、既に社会的システムに依存しているからだ。このパラドキシカルな状況に関しては、次項で詳しく取り上げたい。

注釈

[1]  ミシェル・フーコー(著)、田村俶(訳)『監獄の誕生―監視と処罰』新潮社(1977)を参照。

[2]  ジル・ドゥルーズ(著)、宮林寛(訳)『記号と事件―1972-1990年の対話』河出書房新社(1996)

[3]  東浩紀(著)、大澤真幸(著)『自由を考える―9・11以降の現代思想』NHKブックス(2003)を参照。

[4]  これについては、何も難しく考える必要は無いだろう。こうしたインターフェイスを脳システムとカップリングさせる段階で、同時に電磁波の受信機等をインプラントさせておけば良いのだ。

[5]  これについては、以下の文献を参照。

アントニオ・ネグリ (著)、マイケル・ハート (著)、幾島幸子 (訳)『マルチチュード(上) <帝国>時代の戦争と民主主義』NHK出版 (2005)

アントニオ・ネグリ (著)、マイケル・ハート (著)、幾島幸子 (訳)『マルチチュード(下) <帝国>時代の戦争と民主主義』NHK出版 (2005)

トーマス・フリードマン (著)、伏見威蕃 (訳) 『フラット化する世界(上)』日本経済新聞社 (2006)

トーマス・フリードマン (著)、伏見威蕃 (訳) 『フラット化する世界(下)』日本経済新聞社 (2006)

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