このヘルダーの立論を継承したゲーレンは、人間味溢れる感情豊かな意識が発達したことで相対的に退化してしまった身体の感覚器官を埋め合わせるために、「器官の負担免除」[3]という発想に到達している。つまり人間は、身体の感覚器官を操作するアーキテクチャやプラットフォームが浸透した社会基盤に準拠することで、感情が織り成す偶発的な危険性を制御することが可能になるのである。
この意味で、「エピレプシー」と化した「心のない自動人間」は、「自称人間」の「欠陥動物」としての衰えを克服している。もはや「エピレプシー」は、意識システムが創発する偶発的な感情に悩まされる必要は無いのだ。無論、「エピレプシー」それ自体の一挙手一投足にも、不確実性は伴うだろう。しかし、不確実性の度合いは、「自称人間」に比して圧倒的に低い。「環境管理型権力」を配備すれば、容易く方向付けることができる。あくまで悩んでいるのは、周辺の<健康な>「自称人間」だけである。「心のない自動人間」を処置しようと奮起するのは、あくまで他の人間味溢れる心を持つ「自称人間」に他ならない。
しかし、「キンドリング法」をはじめとした電気刺激の方法には、皆実験室で実験動物の行動を制約するという条件が課せられている。実験動物の行動の自由は、やはり制約されたままだ。したがって、この方法を「自称人間」たちの無意識的なコントロールに応用したとしても、エピレプシーとしてコントロールできる範囲は大いに制約されてしまうだろう。遠隔的な電気刺激によるエピレプシー化は、理論的には可能だが、まだ実証的な研究が営まれている訳ではない。こうした状況を加味した場合、次に追及すべき問題は、遠隔的な電気刺激以外にエピレプシー化を可能とする方法である。
オルタナティブとして提起できるのは、電磁波による高次脳中枢の誘導発射である。電波による脳波への攪乱と述べても良い。ハンス・ベルガーは、約10ヘルツの周波数を持つ脳波を発見した。その後も研究が進み、脳波にはアルファ波のみならず、デルタ波、シータ波、ベータ波などに分類される。当初は脳に電極を接続することで電気的に観測する方法だけが実施されていた。だがデイヴィット・コーエン以降、脳波を磁気的に観測する方法も見出されている。
電磁波が実験動物の脳波に攪乱を与えることを初めて実証的に証明したのは、ブラウンスキーとエデルワインである[5]。彼らはウサギの脳に2.95ギガヘルツの電磁波をパルス化して1日2時間、毎秒1500回照射した。その結果、ウサギの脳波は不安定化したと言う。
脳波は、周波数が非常に低い。そのため、脳波と対応する電磁波は、超低周波と呼ばれている。その周波数は約3ヘルツから3000ヘルツまでに及ぶ。一方、波長の長さはと言えば、100キロメートルから10万キロメートルまでに及ぶ。アディらはこの関連から、高周波数の電磁波を脳システムに照射した場合、脳システムはむしろその高周波数によって作用した超低周波数の電磁波に反応しているということを発見している[6]。
従来の方法では、実はこの超低周波数の電磁波の波長の長さが、脳波と電磁波の研究における足枷となっていた。と言うのも、この波長の長さに対応したアンテナを設計しようとすれば、アンテナの長さを4000キロメートルまでに設定しなければならなかったからだ。電磁波によって脳波に攪乱を与えるためには、若干のテクニック(専門知識)が必要とされていたのである。そこで、アディを中心として、ガヴァルス、ワーター、そしてハマーたちは、高周波数の電磁波を超低周波数の電磁波でパルス化するという方法を採用した[7]。この方法によって、通常の電磁波送信装置やアンテナでも脳波に対応した電磁波を送信することが可能になったのである。実験の結果、アディらは、7ヘルツのパルス波が脳波と引き込み現象を起こし、電磁波と脳波の共振による増幅現象が発生していることを突き止めた。
またアディらのグループは、振幅変調による方法も採用している。それによれば、高周波数の電磁波を照射しつつ、その波の振幅それ自体を超低周波数の電磁波によって変異させることができると言う。この方法を援用した実験で明らかとなったのは、脳システムは、直接照射されている高周波数の電磁波に反応するのではなく、振幅変調された超低周波数の電磁波に反応しているということであった。
[2] 同上。
[3] アルノルト・ゲーレン(著)、亀井裕(訳)『人間学の探求』紀伊国屋書店 (1999)、pp36-39、pp219-220を参照。
[4] 「キンドリング法」とは、てんかん性反応の実験における人工的なモデルである。特に側頭葉てんかんの実験において注目されているモデルだ。その主な特徴は、非てんかん性の脳システムに持続性の痙攣準備状態を構成させることである。そして、この方法の最終的な狙いは、刺激後の発射を誘発させることにある。
キンドリング法の過程は、次のようになる。まず、脳システムの局所に痙攣閾値以下(50μA~300μA)の電気刺激を1日1回1秒間、加えていく。すると、その局所における刺激後のてんかん性放電が徐々に長期化していく。放電の長期化が進行していけば、やがててんかん発作の発現条件が整う。この放電が拡張されていくに従って、発作それ自体も強くなる。最終的には全身痙攣に行き着く。この過程は、各動物によって異なる。たとえば、霊長類などの飛躍的に進化を遂げた動物の場合、解体にはより多くの時間を要する。
てんかんは多種多様である。そのため、電気刺激を与える部位によって異なる結果が生じる。たとえば、最終的には二次性全般発作が伴うケースもある。この場合、たとえ1年間電気刺激を中断したとしても、突発性の放電は持続することになる。二次性全般発作が自発的に反復してしまうのだ。
この「キンドリング法」をはじめとしたてんかんの実験モデルに関しては、松下正明(編)『臨床精神医学講座 第9巻 てんかん』中山書店(1998)、pp308-316、及び懸田克躬(編)『現代精神医学大系 年刊版 '87-B』中山書店(1987)pp63-81を参照。
[5] Baranski S & Edelwejn Z (1968) Studies on the combined effect of microwaves and some drugs on bioelectric activity of the rabbit CNS. Acta Physiol. Pol. 19, pp3-50.
[6] Bawin SM,Gavalas RJ & Adey WR(1973) Effect of modulated very high frequency fields on specific brain rhythms in cats , Brain Res. 58, pp365-384.
[7] Gavalas RJ, Watter DO, Hamer J & Adey WR(1970) Effect of low-level, low-frequency electric fields on EEG and Behavior n MACACA NEMESTRINA, Brain Res. 18(3), pp491-501.