ポスト・ヒューマンの魔術師

「自称人間」の時代からポスト・ヒューマンの時代へ。

更新履歴(追記による再記述):『神経システムと脳システムの構造的カップリング』

 『ポスト・ヒューマンの人間科学』の『神経システムと脳システムの構造的カップリング』に、以下の文面を追記しました。このウェブサイトは活字出版ではなくハイパーテクストなので、記事の内容を臆することなくリアルタイムで変更しております。悪しからず。

ニューロンの発火の神経生理学的な観察

 上記の現象学的な記述は、神経生理学的に再記述することができる。生理学者のホジキンとハクスレーは、神経システムが興奮した際に生じる活動電流を近似的な電気回路モデルで説明した[3]。このモデルによれば、活動電流において重要となるのは、ナトリウムイオンとカリウムイオンである。通常ナトリウムイオンは、静止状態の細胞膜を通過することができない。だが興奮時になると、突然通過することが可能になる。この細胞膜におけるナトリウムイオンの透過性が急激に増大することによって、神経システム上で活動電位が発生するのだ。

 ホジキンとハクスレーによると、ナトリウムイオンとカリウムイオンは通常別々のイオンチャンネルを通過することで個別に細胞膜を透過する。ナトリウムイオンは、カリウムイオンに比して、静止状態の細胞膜による電気抵抗に強く影響されている。そのため、ナトリウムイオンはカリウムイオンに比してほとんどイオンチャンネルを透過しない。したがって膜電位は、カリウムイオン電池と等価となる。

 外部環境から細胞システム内へと電流が流れた場合、外側の電流が正となり、内側の電流が負となる。逆に、細胞システム内から外部環境へと電流が流れた場合、今度は内側の電流が正となり、外側の電流が負となる。この正負の位置付けが、細胞膜における電位差を決定付けている。これを前提とすると、細胞システム内から細胞システム外へと流れる電流によって膜電位が変化する場合、それは細胞システム外の電位を0Vに近接させることを意味する。逆に、細胞システム外から細胞システム内へと流れる電流によって膜電位が変化する場合、それは細胞システム外の電位を0Vから遠ざけることを意味する。この時、特に前者の攪乱による静止膜電位の変異を「脱分極」と呼び、後者の攪乱による静止膜電位の変異を「過分極」と呼ぶ。この「脱分極」の大きさは、電流の強さに比例する。電流がより強く、「脱分極」が一定の閾値に達した時、膜電位が急激に上昇し始める。このような膜電位の急激な上昇を、特に「発火レベル」と呼ぶ。

 「脱分極」の増大により膜電位が「発火レベル」に達すると、カリウムイオンに対する電気抵抗は変化しないものの、ナトリウムイオンに対する電気抵抗は急激に激減する。それにより、ナトリウムイオンに対する電気抵抗はカリウムイオンに対する電気抵抗よりも低まる。その結果、細胞膜におけるナトリウムイオンの透過性が急激に増大することになる。したがって、ナトリウム固有のイオンチャンネルが開くこととなり、外部環境のナトリウムイオンが細胞システム内部に急激に流入することになる。かくして活動電位が発生し、膜電位がナトリウム電池の電位と等価になる。

 「発火レベル」が収まると、ナトリウムイオンの透過性が平常時に戻る。次いで、カリウムイオンの透過性が代価的に高まることになる。それによって、細胞システム内のカリウムイオンが外部環境へと放出されることになる。したがって、細胞システム間の生体電気信号の電源は、ナトリウムイオン電池とカリウムイオン電池であるということになる。そしてこれらの電池は、細胞システムの内外に位置するナトリウムイオンとカリウムイオンの濃度差によって構成されている。「発火レベル」で活動電位が発生した時、ナトリウムイオンが細胞システム内部に流入するのに対して、カリウムイオンは外部環境へと流出する。活動電位が終了すると共に、ナトリウムイオンのイオンチャンネルは閉鎖する。したがって、ナトリウムイオンは細胞システムの内部で閉じ込められることになる。つまり、神経システムが繰り返し興奮していく度に、細胞システム内のナトリウムイオンの濃度は高まるということだ。ナトリウムイオンの濃度が高まれば、無論細胞膜に位置するナトリウムイオン電池の電圧は低下することになる。それ故、興奮を繰り返す神経システムは、徐々にその電源の電圧を失うことになる。

 この発火の現象を背景として言えば、オートポイエティック・システムとしての神経システムは、発火レベルと非発火レベルとを区別することで、ニューロンの形式化を方向付けている。つまり、形式としてのニューロンから<形式としてのニューロン>が構成されるまでの流れは、既存のシナプスから神経伝達物質たる化学物質を後続のニューロンへ付与することで、実現するということだ。

 ただし、形式としてのニューロンは、神経伝達物質を一方向の信号として伝達するほどトリヴィアルではない。シナプスには、後続のニューロンを発火させる機能のみならず、特定のニューロンの発火を抑制する機能もある。同一のニューロンが異なる化学物質を伝達するケースもある。また、発火する箇所は、一つとは限らない。一つのニューロンにおいて複数の箇所で発火が生じる可能性もある。

 <形式としてのニューロン>が短時間に大量の伝達物質を受信した場合、細胞体の膜電位が電位を過剰に変化させることがある。この場合、<形式としてのニューロン>は伝達物質への感受性を高めることになる。こうした<形式としてのニューロン>は、後続の<<形式としてのニューロン>>へ神経伝達物質を伝達する可能性を高める。逆に、伝達物質を中々受信しない<形式としてのニューロン>の場合は、徐々に衰弱化してしまう。やがてそのニューロンで構成された神経システムは、オートポイエーシス的な自己再生産に失敗することになる。言い換えれば、消滅してしまうのだ。

[3] このモデルに関しては、神経生理学の多くの教科書で詳述されている。たとえば、松本元(著)『神経興奮の現象と実体』丸善(1981)及び、杉晴夫(著)『生体電気信号とはなにか 神経とシナプスの科学』講談社(2006)、pp109-172を参照。

この記事の前提となっている理論的考察

  1. ポスト・ヒューマンの哲学
  2. ポスト・ヒューマンの人間科学
  3. バイオ技術の「デザイン」
  4. メディア現実の「デザイン」
  5. 脳神経の「デザイン」
  6. ポスト・ヒューマンの生政治

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