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概要
前述したボルツのデザイン論をより深く考察するためには、<宗教の機能的等価物としてのデザイン>というテーゼに言及するべきであろう。
無知でも無理解でも利用可能な学術
ボルツは自らのデザイン論を説明するために、技術のユーザー・インターフェイス・デザインを取り上げている。「
きみのコンピューターのスウィッチを入れなさい。ディスプレイ上できみを迎えるのはデジタルの危険な深淵ではなく、なじみ深いアイコンの配列であり、それがきみに従来どおりアナログの人間世界でふるまえばよいと示唆してくれます・・・・・・・」[1]。ボルツによれば、こうした「ユーザーへの優しさ」の機能を「デザイン」することで、真理や学知を追究する我々の負担を免除することができると言う。この機能こそが、我々が幾度となく言及してきた宗教的な魔術の形式なのだ。「宗教の最も重要な機能は、不確実性の吸収にある。現代社会は複雑で先を読めないものだから、本質的なものを欠く存在にただでさえつきまとう不確実性を、途方もなく増大させた。(中略)デザイナーは物の使用に向けて人を誘惑しようというわけだから、技術に対して、そして内部を見通せない小道具に対して人が抱く不安を、払拭しなければならない」[2]。つまり、学術と魔術が機能的に代価可能な等価物となったが故に、宗教的な魔術としての「デザイン」が、学術の「負担免除」として機能することになったのである。
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脚注
[1] ノルベルト・ボルツ(著)、村上淳一(訳)『意味に餓える社会』東京大学出版会(1998)、p26を参照。
[2] ノルベルト・ボルツ、村上淳一、『世界コミュニケーション』、2002、p219を参照。
この記事の前提となっている理論的考察
- ポスト・ヒューマンの哲学
- ポスト・ヒューマンの人間科学
- バイオ技術の「デザイン」
- メディア現実の「デザイン」
- 脳神経の「デザイン」
- ポスト・ヒューマンの生政治