ポスト・ヒューマンの魔術師

「自称人間」の時代からポスト・ヒューマンの時代へ。

人類総動物化計画の「デザイン」(「デザイン」の形式はKoshianX氏の言う通りに進行中です)

 KoshianX氏が鋭い考察を展開していた。「デザイン」が人間を無表情にするらしい。ルイス・ヤブロンスキー流に言えば、「デザイン」が「ロボット症」の人間を生み出していると言ったところだろうか(1)。つまり、「デザイン」による機能的な方向付けに従事したままでは、人間味の溢れるクリエイティブな発想は生まれないということである。

 さて、私もいわゆる「デザイン論」を論じているのだが、KoshianX氏のこの見解に対しては、異論は全く無い。全くその通りだ。異論の余地が微塵も無いと言っても過言ではない。それよりも、むしろ私は、人間性を棄却する「デザイン」がもっと大掛かりな形式で実行可能になっていると考えている。そして私は、こうした脱人間的な「デザイン」の是非を問わず、ただ冷徹にその実行可能性と接続可能性を記述するスタンスを採っている。詳しく見ていこう。

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注釈

(1)ルイス・ヤブロンスキー(著)、北川隆吉(訳)、樋口祐子(訳)『ロボット症人間』法政大学出版局(1984)を参照。

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この記事の前提となっている理論的考察

  1. ポスト・ヒューマンの哲学
  2. ポスト・ヒューマンの人間科学
  3. バイオ技術の「デザイン」
  4. メディア現実の「デザイン」
  5. 脳神経の「デザイン」

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